伊勢 お伊勢参りデザインマンホール


おたえ(わたし)の朋輩(仲間)、加藤さんからもろたデザインマンホールの写真さー。
加藤さんはよんのと(とても)魅力的な女性でありながら、鉄ものが大好きやげ!
バイク乗りのわしと話があってしまうやに、
貴重な存在やにゃあ。
そんなマドンナ加藤さんが、伊勢に旅に出た時にさー送ってもろたデザインマンホール、三重県伊勢市のマンホールさー。
マンホールを観察して見ちょると
堂々たる筆文字で伊勢と書かれとるね。
着物を着て旅支度の格好で和やかに歩いとるなー.
ニコニコの笑顔なー。
かずいき(お年寄り)の手を引いてあげとるなー。
「おいせまいり」と書かれた旗を持った人もおるなー。
背景は、海やろか、それか空やろか?
雲のよなもんが見えちょる。
伊勢のどこなー?

ほんなら、Googleマップなー!
伊勢市は、三重県の海に面した場所にあるやに。
「おいせまいり」と書いとるんやから
市内の伊勢神宮に参拝に行くってことやのし!
ツレ:「え?おいせまいり、どこにも書いとらんよ」
僕:「まぁた、書いとるやいか」
といいつつ、もう一度見直してみたけどな…。
僕:「あれ、おかげまいり、って書いちょる」
思い込みやげ。

ほないでも、どういうことやろ?
おかげまいり、ってさー。
この旗を持った人は、多分別行動で、
同じ市内で、お陰神社に参拝にいくんやろうて 。
ツレ「お陰神社な〜、なんやありそうな、なさそうな」
ほーすっとさいが(ひょっとすると)、「おかげさま」の語源になったの神社なんじゃろかいなー。
ほな早速Google先生に聞いてみよろし!

およよよ
結構あるじゃのし。
江戸時代,お蔭年に行われた群集による伊勢神宮参拝。豊作も商売繁盛も伊勢の神の「おかげ」にひっかけとる。
伊勢神宮に集団で参拝するのはわかったやにょけんど、
お陰年って何じゃのし?
Google先生の検索で
お陰については何とのう分かって来たなー
「おかげさまは、他人から受ける利益や恩恵を意味する
お陰に様をつけて、丁寧にした言葉であってやに
古くから影は、神仏などの偉大なもんの影で、
その庇護を受ける意味として使われとるんよ」
なるほど、我々は、神様の影で守られて日々を無事に過ごせちょるっつーことさー。
ほれで「お蔭様」じゃのし!

伊勢神宮の神様のお蔭様はわかるんさー、神様を祀っている所って、なんも伊勢神宮だけちゃうやろに?
伊勢参りをネットで調べちょると江戸時代に大々的に流行ったそうじゃけ、途中では危険な事結構あったんじゃまいか?そんでも行く、江戸から伊勢まで約500キロさー、ほいで歩きさー。
なんしてそないまでして、伊勢に行かせたんじゃろか。

Google先生教えり!
で調べたやに。
伊勢神宮って天皇が参拝する為にあったそうやで。
ほんでも伊勢神宮はでっかくて、運営するにも多くの人が必要やのし。
平安時代の末期ごろ、流石に維持費が底をつき始め
どないしよう? 何か良いアイデアはないやり!
信者を集ってお参りしやんとあかんわさ!
それgoodアイデアやに、
どないしておいでやんす?
ほなら、ホームページ立ち上げて広く知ってもらやにゃあ!
おいでる人には神の御利益があるさー。
厳選のお守りが手に入るよってどない?
んん、こんな会話ではないやろに、考えは今も昔も同じだったようです。
伊勢神宮の素晴らしさを伝える部隊がいたそうです
その人たちが全国に散らばって宣伝しまくった
お参りに来るんだった、宿代半額!とか
平安時代に伊勢神宮がを抱えている事で、財政難になってしまうそうです。
この頃の伊勢神宮は、